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チャーリー

#1 改名という体験

更新日:2022年7月8日

※これは2020年に 東京外国語大学セクマイサークルPas A Pas さんへ寄稿した記事と同内容となっています。

 

「最近、名前変わったんですよ」


 こう言われると、読者の多くの皆さんは「え?結婚したの?」と言い返したくなるかもしれない。だがそうでない場合もあって、これからお話しするのは改名体験談、「苗字」ではなく「名前」が変わった話である。


 私は性同一性障害の当事者だ。出生時に女性と判別されたが、性自認(心の性別)は男性である。軽く自己紹介すると、現在は大学4年生で、社会学部で教職課程を取りながら、演劇サークルで役者をやっている。性自認は男性だが演じる役は男女を問わない。

 小2で心身の不一致を自覚してからの経緯などを話すと長くなるのでここでは割愛するが、2018年の夏から精神科に通院し、2019年の夏に診断がおりている。

 「女の子が生まれた」、だから両親は生まれた子どもに女の子らしいかわいい名前を付ける。しかし当の本人は物心ついてから今に至るまで、親が付けた名前を「自分の名前」として認識したことはない。下の名前で呼ばれるのも何となく落ち着かず、常に何らかのキャラクターとして存在することを求められているような感覚があった。もちろん、自分では自身を男性とカテゴライズしているのにもかかわらず周囲の人間が私を女性として認識し続けているという「バグ」がこの違和感の大きな原因だろうが、それを端的に示すものは「名前」だったのである。


 高校3年生のとき、新しい名前を自分に付けよう、と思った。小学生が自分の名前を書く練習をするようにノートの端っこに何回も書いて、長年使い古した苗字と同じくらい書き慣れてみることにした。身分証提示の要らないタイプのポイントカードはできる限り新名義で作った。


 さて、戸籍の書き換えは家庭裁判所で行うが、「名の変更」手続きをするにはいろいろと条件や必要なものがあり、個人的には正直性同一性障害単体を理由に改名できるか不安だった。理由はいろいろあって、私が手術やホルモン治療を受けていないこと(なおホルモン治療を始めてしまうと性別適合手術は保険適用外となる)、家裁によっては不許可になる場合もないとは言えないこと(2016年松山家裁)、などが挙げられる。そこで「通称として永年使用した」という項目(下画像の7番)にもなんとか当てはまるよう、新名義が記載されている郵便物、入館証、学生証、サークルの活動ビラ、契約書、なんでもかき集めた。(よって私の場合は7と8に〇を付け、8には「性同一性障害」と記し提出)




1.戸籍上の名前を変更しなくても名前を「変える」ことはできる


 実は、学校や職場などでは、通称名の使用を認めている場合がある。特に学校現場では生徒や学生がもつ背景の多様化に応じて通称名の使用を認める動きがあり、私は大学3年生の夏に教務課に診断書を提出し、戸籍よりも先に学籍・履修名簿上の名前を変更した。これにより学生証が新名義になった。身分証が一枚できると便利なもので、バイト先の入館証も同時に書き換えることができた。さらに、バイトの採用面接のときに先に事情を話しておいたことで、金銭・勤怠や防犯に直接は関係しないもの(店舗内で共有するシフト表など)については入社時から新名義を使わせてくれていた。(ちなみに個人的には、カミングアウトしたことが採用に関わるような会社で働くのは向かないだろうと思っているので、逆に積極的にカミングアウトしている。)この時点では、保険証や住民票などと、学生証や入館証などに書かれている名前が一致していないという ”ややおもしろい状況” にはなっているが、「自分の名前」として自分で認識できる音で呼ばれるのはとても助かる。ようやく、名前が名前としてまともに機能する感じがする。


2.改名用診断書と手続き



 性同一性障害を理由に改名したいなら、1で述べた診断書よりももっと詳細なものを裁判所に提出する必要がある。ここで言っているのは手術のための「意見書」ではなく、改名のための「診断書」である。発行するのに5000円かかるが、まあ必要経費である。

 私が家裁に初めて出向いたのは2020年1月末であった。年度末の家裁は人々で賑っており、この日は大学に提出していた簡易の診断書と新名義が記された諸々の書類を渡し、受付を済ませて帰った。



 次に出廷したのは2月の末。ついに対面で「申し立て」をする日である。また、改名用の詳細な診断書もこの日に提出した。当時、大学3年生の末で、翌年度には教育実習やその他の就職関連イベントを控えていた(新型コロナ…)。パスポートも取って学生のうちに海外にも行きたかった(新型コロn)。もう何が何でも年度内に決着をつけたかったので、「名前を変更する必要があるのはなぜか」「直ちに変更したいのはなぜか」「変更が認められなかったらどうなのか」といったことをA41枚半に渡って記し、一緒に提出した。(実際、年度内に変えられなかった場合、生活に大きな支障がでる状況であったのでその旨詳細に記載した。)


 何となく予想はしていたが、面談ははじめかなり難航した。まず、性同一性障害を理由とした改名ならば手術やホルモン治療を受ける計画が明確に立っていることが前提となっていたのである。名の変更自体、戸籍上の性別欄を書き換えるまでのいわば移行措置のひとつであるらしい。現行法では手術しないと性別欄を変えられないが、私は健康上・経済的な理由からこれらの計画をそれほど明確には立てられておらず、初対面の職員さんを納得させられるだけの説明をするのも困難であった。手続きの流れとして、はじめから裁判官に訴えるのではなくまずは職員(確か調査官だったと思うが正確には覚えていない)とお話しをし、その聞き取り調査をもとに裁判官が許可・不許可を決める。一度不許可になっても、二段階目として裁判官に直接訴える機会はある。しかし職員さんが初めにどんなふうに裁判官に伝達するかは、こちらには分からない。「詳細な診断書」も単体でどの程度力を発揮してくれるか分からない。結局その筋では確かな手ごたえを感じられなかったのである。



3.「通称として永年使用した」の基準はなにか


 行き詰まりかけていたところで「通称として永年使用」に話がシフトした。担当の方によると、一般には、未成年者だと3年間、成人だと5年間、使い続けていれば通称名として認められ、本名の書き変えが許可されるそうだ。また、通称名の通用度合いが高いと、その点はプラスに評価される。自分の場合は17歳から22歳までの約4年半だったのでギリギリなラインではあるが、主な申し立て理由は性同一性障害だし、うち2年強は未成年、しかも進行形で非社会人なので、補強材料としてそこまで弱くはないのではないかと思う。また前述の通り周囲の理解もあって直近では通用度合いも高い状態であった。しかし年数を「証明」することが難しい。第一、新名を使い始めた頃はまだ親と一緒に実家に住んでいて周囲には殆どカミングアウトできていなかったし、友達とはあだ名で呼び合うし、当時の持ち物はだいたい実家に置いてきてしまったし、どんなにメールやSNSアカウントを遡っても、古すぎて消してしまっているせいで出てこないのである。多くの人は裁判や審判を受けるつもりで生活していない。しかもぼくは素人なので何が証拠品として効力を持つのかまるで想像ができない。「ど〜〜おおおしても今変えたいんですけど!!!」「ほかに何か効力を持ちそうなものってないんですか???」と必死にアピールすることしかできず、職員さんもちょっと困ってしまっている。あれこれ例を挙げてくださるがあいにくどれも持っていない。

 面談の時間もそろそろ終わろうとしているまさにその時、「なにか小さな会員証とかでもいいんですけど・・・・・・」と聞かれた。


 ――あった。むかし作って今も使い続けているファミマTポイントカードだ。


 あの頃はまだ、Tポイントカードを作るのに身分証の提示を求められない時代であった。そのため「偽名」で発行できた。かつては僕とポイントカード会社しか知らなかったただの名義である。この名義は後に本名となるわけだが、ひとまず当時から「新名」を使っていることが証明できる。そこで面談時間が終了した。



4.何が説得力を持ったのかは断定できない


 斯くして申し立ては認められたわけだが、どの要素、証拠品が説得力を持ったのかを知ることはできない。1年強の通院履歴が書かれた診断書なのか、通称名の使用年数なのか、学校や職場やサークルでの新名積極使用なのか、A41枚半の現況レポートなのか。ゴリ押しとして、前科や補導歴がなくロンダリングに当たらないこともレポートで主張した。個人によって状況は様々だろうが、私の場合はどの要素が欠けても上手く申し立てを行うことはできなかったのではと感じている。

 性同一性障害でどうしても改名したいと考えている方々が、必ずしも性別適合手術を受けられる/計画を立てられる状況にあるわけではないだろう。また、今はまだちゃんとカミングアウトできそうにない環境にいる方もいるだろう。そんな時、ひょっとしたら通称名という「手段」が使えるかもしれないし、その地味な一歩は5年くらいかけて実を結ぶかもしれない。



5.後日談


 無事戸籍の書き換えに成功したとして、その後の手続きの煩雑であることこの上ない。銀行口座、アパート、保険会社、携帯電話会社、職場の勤怠管理、などなど回るところは山ほどある。現行法のもと結婚した夫婦のうち片方だけが経験する「苗字が変わる」という現象を疑似的に体験できたが、よほどやる気と根気がないとやってられないだろうなあ、と思ったし名前を変えたくない人の権利も守られるといいなあ、とボンヤリ考えた。


(2020.6 記す)

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